🌼【源氏物語679 第21帖 乙女34】夕霧の若君には、「‥貴公子でおありになっても、最初の殿様が 浅葱《あさぎ》の袍《ほう》の六位の方とは」と姫君の乳母の言う声も聞こえるのであった。
〜「伯父《おじ》様の態度が恨めしいから、
恋しくても
私はあなたを忘れてしまおうと思うけれど、
逢わないでいてはどんなに苦しいだろうと
今から心配でならない。
なぜ逢えば逢うことのできたころに
私はたびたび来なかったろう」
と言う男の様子には、
若々しくてそして心を打つものがある。
「私も苦しいでしょう、きっと」
「恋しいだろうとお思いになる」
と男が言うと、雲井の雁が幼いふうにうなずく。
座敷には灯《ひ》がともされて、
門前からは大臣の前駆の者が
大仰《おおぎょう》に立てる人払いの声が聞こえてきた。
女房たちが、
「さあ、さあ」
と騒ぎ出すと、雲井の雁は恐ろしがってふるえ出す。
男はもうどうでもよいという気になって、
姫君を帰そうとしないのである。
姫君の乳母《めのと》が捜しに来て、
はじめて二人の会合を知った。
何といういまわしいことであろう、
やはり宮はお知りにならなかったのではなかったかと思うと、
乳母は恨めしくてならなかった。
「ほんとうにまあ悲しい。
殿様が腹をおたてになって、
どんなことをお言い出しになるかしれないばかしか、
大納言家でもこれをお聞きになったら
どうお思いになることだろう。
貴公子でおありになっても、
最初の殿様が
浅葱《あさぎ》の袍《ほう》の六位の方とは」
こう言う声も聞こえるのであった。
すぐ二人のいる屏風《びょうぶ》の後ろに来て
乳母はこぼしているのである。
若君は自分の位の低いことを言って
侮辱しているのであると思うと、
急に人生がいやなものに思われてきて、
恋も少しさめる気がした。
🌼【源氏物語680 第21帖 乙女35】霜の白いころに若君は急いで出かけた。泣きはらした目を人に見られることが恥ずかしいのに、大宮にそばに呼ばれるだろう。気楽な場所へ行ってしまいたくなった。
〜「そらあんなことを言っている。
くれなゐの 涙に深き 袖の色を
浅緑とや いひしをるべき
恥ずかしくてならない」
と言うと、
いろいろに 身のうきほどの 知らるるは
いかに染めける 中の衣ぞ
と雲井の雁が言ったか言わぬに、
もう大臣が家の中にはいって来たので、
そのまま雲井の雁は立ち上がった。
取り残された見苦しさも恥ずかしくて、
悲しみに胸をふさがらせながら、
若君は自身の居間へはいって、
そこで寝つこうとしていた。
三台ほどの車に分乗して姫君の一行は
邸《やしき》をそっと出て行くらしい物音を聞くのも
若君にはつらく悲しかったから、
宮のお居間から、来るようにと、
女房を迎えにおよこしになった時にも、
眠ったふうをしてみじろぎもしなかった。
涙だけがまだ止まらずに一睡もしないで暁になった。
霜の白いころに若君は急いで出かけて行った。
泣きはらした目を人に見られることが恥ずかしいのに、
宮はきっとそばへ呼ぼうとされるのであろうから、
気楽な場所へ行ってしまいたくなったのである。
車の中でも若君はしみじみと破れた恋の悲しみを感じるのであったが、
空模様もひどく曇って、まだ暗い寂しい夜明けであった。
霜氷 うたて結べる 明けぐれの
空かきくらし 降る涙かな
こんな歌を思った
❄️🎼#故郷からの手紙 written by #ゆうり
🌼【源氏物語681 第21帖 乙女36】源氏は今年の五節の舞姫に、摂津守兼左京大夫である惟光《これみつ》の娘で美人だと言われている子を選んだ。
〜今年源氏は五節《ごせち》の舞い姫を一人出すのであった。
たいした仕度《したく》というものではないが、
付き添いの童女の衣裳《いしょう》などを
日が近づくので用意させていた。
東の院の花散里《はなちるさと》夫人は、
舞い姫の宮中へはいる夜の、
付き添いの女房たちの装束を引き受けて手もとで作らせていた。
二条の院では
全体にわたっての一通りの衣裳が作られているのである。
華奢《かしゃ》に作って御寄贈になった。
去年は諒闇《りょうあん》で五節のなかったせいもあって、
だれも近づいて来る五節に心をおどらせている年であるから、
五人の舞い姫を一人ずつ引き受けて出す所々では
派手《はで》が競われているという評判であった。
按察使《あぜち》大納言の娘、
左衛門督《さえもんのかみ》の娘などが出ることになっていた。
それから殿上役人の中から一人出す舞い姫には、
今は近江守《おうみのかみ》で左中弁を兼ねている
良清朝臣《よしきよあそん》の娘がなることになっていた。
今年の舞い姫はそのまま続いて
女官に採用されることになっていたから、
愛嬢を惜しまずに出すのであると言われていた。
源氏は自身から出す舞い姫に、
摂津守兼左京大夫である惟光《これみつ》の娘で
美人だと言われている子を選んだのである。
惟光は迷惑がっていたが、
「大納言が妾腹の娘を舞い姫に出す時に、
君の大事な娘を出したっても恥ではない」
と責められて、困ってしまった惟光は、
女官になる保証のある点がよいからとあきらめてしまって、
主命に従うことにしたのである。
💐🎼#異国の踊り written by #ゆうり
🌼【源氏物語682 第21帖 乙女37】下《しも》仕え幾人を優れた者を多数の中から選ぶことになった。陛下が五節《ごせち》の童女だけを御覧になる日の練習に縁側を歩かせて見て決めようと源氏はした。
〜舞の稽古《けいこ》などは自宅でよく習わせて、
舞姫を直接世話するいわゆるかしずきの幾人だけは
その家で選んだのをつけて、
初めの日の夕方ごろに二条の院へ送った。
なお童女幾人、
下《しも》仕え幾人が付き添いに必要なのであるから、
二条の院、東の院を通じてすぐれた者を多数の中から
選《よ》り出すことになった。
皆それ相応に選定される名誉を思って集まって来た。
陛下が五節《ごせち》の童女だけを御覧になる日の練習に、
縁側を歩かせて見て決めようと源氏はした。
落選させてよいような子供もない、
それぞれに特色のある美しい顔と姿を持っているのに
源氏はかえって困った。
「もう一人分の付き添いの童女を
私のほうから出そうかね」
などと笑っていた。
結局身の取りなしのよさと、
品のよい落ち着きのある者が採られることになった。
🌷🎼#千歳の如く written by #すもち
🌼【源氏物語683 第21帖 乙女38】舞姫の仮の休息所を 若君はそっとのぞいて見た。苦しそうにして舞い姫はからだを横向きに長くしていた。ちょうど雲井の雁と同じほどの年ごろであった。
〜大学生の若君は失恋の悲しみに胸が閉じられて、
何にも興味が持てないほど心がめいって、
書物も読む気のしないほどの気分が
いくぶん慰められるかもしれぬと、
五節の夜は二条の院に行っていた。
風采《ふうさい》がよくて落ち着いた、
艶《えん》な姿の少年であったから、
若い女房などから憧憬《あこがれ》を持たれていた。
夫人のいるほうでは御簾《みす》の前へも
あまりすわらせぬように源氏は扱うのである。
源氏は自身の経験によって危険がるのか、
そういうふうであったから、
女房たちすらも若君と親しくする者はいないのであるが、
今日は混雑の紛れに室内へもはいって行ったものらしい。
車で着いた舞い姫をおろして、
妻戸の所の座敷に、屏風《びょうぶ》などで囲いをして、
舞い姫の仮の休息所へ入れてあったのを、
若君はそっと屏風の後ろからのぞいて見た。
苦しそうにして舞い姫はからだを横向きに長くしていた。
ちょうど雲井の雁と同じほどの年ごろであった。
それよりも少し背が高くて、
全体の姿にあざやかな美しさのある点は、
その人以上にさえも見えた。
暗かったからよくは見えないのであるが、
年ごろが同じくらいで恋人の思われる点がうれしくて、
恋が移ったわけではないがこれにも関心は持たれた。
若君は衣服の褄先《つまさき》を引いて音をさせてみた。
思いがけぬことで怪しがる顔を見て、
「天《あめ》にます豊岡《とよをか》姫の宮人もわが志すしめを忘るな
『みづがきの』(久しき世より思ひ初《そ》めてき)」
と言ったが、
藪《やぶ》から棒ということのようである。
若々しく美しい声をしているが、
だれであるかを舞い姫は考え当てることもできない。
気味悪く思っている時に、顔の化粧を直しに、
騒がしく世話役の女が幾人も来たために、
若君は残念に思いながらその部屋を立ち去った。
🌷🎼#雫 written by #H.Lang
🪷少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋 ぜひご覧ください🪷 https://syounagon.jimdosite.com