【平家物語87 第4巻 信連合戦②〈のぶつらかっせん〉】
🙇信連を信達と間違っておりました。すみません🙇
御所の三条大路に面した門、
高倉通りへの門もすべて開け放して、
信連一人悠然と敵を待っていた。
この夜の信連の装束は、
萌黄匂《もえぎにおい》の腹巻をつけ、
上には薄青の狩衣《かりぎぬ》、
腰には衛府《えふ》の太刀。
やがて午前零時、騎馬の音が門外に近づいた。
源大夫判官兼綱と、出羽判官光長の率いる三百余騎である。
すでに父頼政の意を体している源大夫判官は、
はるか門外にひかえて様子をうかがった。
蹄《ひづめ》の音高らかに門内に乗り入れたのは出羽判官光長、
前庭に控えると、
静まり返った御所の隅にまで轟くばかりの大音声をあげた。
「宮のご謀叛はすでに露顕つかまつった。
土佐の畑《はた》へお流し申さんがため、
別当の命を受けて役人参上、直ちに出させ給え」
声に応じて広縁に姿を現わしたのは信連である。
「宮はただいまご不在じゃ、
したがってここは御所ではござらぬ。
宮はご参拝中でいられる。
夜おそく大声をあげられても迷惑じゃ。
一体何事かな、落着かれて事の子細を申されてみい」
落ちつきはらった信連の言葉に、光長は逆上した。
そして前に増す大声をあげた。
「いうな、この御所でなくてどこに宮が行かれるか。
いないというか、さがしてみしょう。
下郎ども、御所へ入ってぬかりなく探せい」
「下郎ども、ものをわきまえぬか。
馬に乗ったまま門から入るさえ無礼なことじゃ。
あまつさえ下郎が御所内を捜すとはなんたること。
入るつもりか、
長兵衛尉長谷部信連が目に入らぬのか。
近寄って怪我をするなよ」
空にはすでに雲が切れて、月が輝いていた。
広縁に身構えて不敵に立ちはだかる信連の姿に、
役人たちは一瞬声もなくひるんだ様子である。
しばし睨み合いのつづくかともみえたが、
この時、つつっと走り出たとみるや、
鞘《さや》走らせた大太刀をきらめかせて広縁に飛び、
信連目がけて斬りつけた男がいた。
検非違使庁の下郎で金武《かなたけ》という者、
かねて大力の名をとっていた男である。
金武の振舞いに、
同じ仲間十四、五人も一斉に打物とって、どっと信連を襲った。
一歩すざった信連は左手で狩衣の帯紐を一気に引き捨てた。
その右手には抜かれた太刀があった。
衛府の太刀は装飾もかねるので、
一体が華奢《きゃしゃ》な作りだが、
信連のは、
かねてから事あるべきを期して入念に鍛えさせたもの、
野戦の用にも耐える業物である。
下郎たちの振う大太刀、大長刀に信連の太刀が交叉した。
力に任せた大長刀が振り下せば空を斬り、
振り上げた大太刀の相手の胸を信連の太刀が襲った。
軽やかな身のさばきから必殺の刃がおどり出てくる。
入り乱れて打ち合ううちに、
斬り立てられた役人がちりぢりに庭へ追い落された。
嵐に木の葉が散るようであったといわれる。
🍂🎼#虚無のイドラ written by #shimtone
【平家物語88 第4巻 信達合戦③〈のぶつらかっせん〉】
五月十五夜の月に照らされた御所は明るかった。
敵も味方も戦いやすい条件ではあったが、
敵は不案内、
信連は近よるものを廻廊に誘い寄せては
一刀のもとに袈裟《けさ》がけに斬り、
壁に何時しか追いつめては胸を刺した。
「宣旨の使いだぞ、手向うのか」
と信連を持て余した役人どもがおめいた。
「宣旨とは何じゃ」
と嘲笑《あざわら》うそのひまにも、信連は太刀を振った。
入念の作りとはいえ、
彼の太刀は衛府作りの華奢なものである。
激しい打合いに刀身が曲れば、咄嗟に手で直し、
それでも及ばぬ時は足で刀身を正しながら、
縦横に白刃を躍らせた。
幾多の合戦で身につけた信連の太刀捌《さば》きは水際立ち、
彼の刃に伏した者は忽ち十四、五人を数えた。
倒された仲間の血が彼らを奮起させたのか、
新手は死物狂いで大長刀を打ち振りながら立ち向って来る。
ひと声叫んだ横なぎの一撃を、
信連が応と受け止めた時、
鋼がなったとみるや、太刀の切先三寸が折れ飛んだ。
飛びすざった信連にしたりと追手が迫る。
太刀を捨てた彼は、
もはやこれまでと切腹を決意した。
鞘巻《さやまき》を逆手に握ろうと腰間を探ったが、
しかし斬合いのうちに落したのであろう、
鞘巻は腰になかった。
素手の信連は襲いかかる敵の刃の下に身を沈めるや、
一気に庭に降り、
高倉通りに面した小門を目ざして大手をひろげて駆け出した。
必死の形相で通りへ躍り出ようとする信連の横合いから、
大長刀が振られた。
瞬間、気合とともに地をはねた信連は刃をかわそうとした。
しかし長刀の方が速かった。
刃は信連の股を縫った。
どうと地に転がった信連の上に役人たちが群がり、
彼は生捕りにされたのであった。
🍃🎼#動乱の予感 written by#Heitaro Ashibe
【平家物語89 第4巻 信達合戦④〈のぶつらかっせん〉】
ただちに御所内に乱入した役人は
血眼で高倉宮の姿を探しもとめたが、
もちろん、いるはずはない。
地団駄ふんだ彼らは、
隠れひそんでいた女房たちに悪態の限りをつくしたあと、
信連を縛りあげて、六波羅へ引き揚げたのであった。
報告を受けた宗盛は大床を踏み鳴らして現れると、
庭先に引き据えられた信連を見すえて、わめいた。
「おのれは、宣旨の使いと名乗る男を、
何が宣旨じゃと申して斬ったとな。
嘘とはいわせぬ。
そのうえ、検非違使庁の多くの下郎もあやめた。
断じて許さぬ。
よい、河原に引き出して、
その素っ首を打ち落してやる。
が、その前に宮の行方をかくさず申し立てい、
おのれは承知しているはずだ。
こやつをきびしく糺問《きゅうもん》してみよ」
信連は不敵な表情で坐り直すと、あざ笑った。
「近頃、御所の廻りを
妙な奴輩《やから》がうろつくのは存じておった。
大したこともあるまいと、
今夜も馬鹿にしておったのは拙者の間違いであったが、
どうも大層なことをやるご仁たちじゃ。
物音がするので出てみれば、
鎧武者《よろいむしゃ》が三百騎、
余程あの御所が恐いとみえる。
何用じゃと尋ねると、
宣旨のお使いだという返事じゃが、
昨今はあちこちで、
窃盗、強盗、山賊、海賊など性の悪い奴らが、
公卿がお出でになったとか、
おれたちは宣旨のお使いであるなど称して
悪事を働いていることは、
拙者よく耳にしているのじゃ。
夜半ものものしい出立の人相の悪い奴輩《やから》から、
のっけに宣旨の使いといわれても信用はできぬ。
腕に覚えがあるかどうか知らぬが、
いきなり斬りかかってくる。
宣旨とは何じゃと申して斬り捨てたまでじゃ。
しかし生捕りとは無念。
この信連、甲冑《かっちゅう》を身につけ、
鍛えあげた太刀を持てば、
押し寄せた役人どもを一人でも無事に帰してはおらぬ。
宮の行方をお尋ねのようじゃが、拙者知り申さぬ。
たとえ存じていても申しはせぬ。
糺問などしても信連には無駄なことじゃ。
侍が決心したことを拷問などでおどかされるとは、
卿も侍じゃ、ご存知あろう」
こう宗盛をにらんで答えた信連は、
言い終ると固く口を結んだ。
そしてそっぽを向くと、
もう如何なる質問にも唖《おし》のように沈黙した。
この信連の態度は居並ぶ平家の侍たちを感心させた。
「これこそ一騎当千の侍」
という言葉が互に囁かれた。
またある男は、
「彼の武勇は今に始ったことではない。
先年、彼が院の蔵人所《くらんどどころ》にいた時だが、
手強い強盗六人を取りおさえたことがあった。
この強盗は、
守護の武士でも立ち向えなかった程の奴らであったが、
逃げる賊をただ一人で追いかけ、
二条堀川で六人を相手の斬合いじゃ。
そして四人を斬り、二人は生捕った。
左兵衛尉に任ぜられたのは、この時の手柄からじゃ。
今斬られるには惜しい侍よ」
と語る者もいた。
この噂が耳に入ったのか、清盛入道は、信連を斬るのを止め、
彼を伯耆《ほうき》の日野へ流すことにきめたのであった。
その後、平家亡び、源氏の世になった時、
信連は東国へ下り、梶原平三景時に仕えたが、
あるとき、この合戦の話をすると、
頼朝公がこれを聞き、
「けなげなやつ」といって、
能登国に領地を与えられたという。
が、これは後日の話である。
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