🪻【源氏物語404 第13帖 明石66】明石の上は思い乱れていた。京から迎えにきたものも多く 侍臣も喜んでいた。明石入道だけは泣いてばかりいた。
〜女はもとより思い乱れていた。
もっともなことである。
思いがけぬ旅に 京は捨てても また帰る日のないことなどは
源氏の思わなかったことであった。
慰める所がそれにはあった。
今度は幸福な都へ帰るのであって、
この土地との縁はこれで終わると見ねばならないと思うと、
源氏は物哀れでならなかった。
侍臣たちにも幸運は分かたれていて、
だれもおどる心を持っていた。
京の迎えの人たちもその日からすぐに下って来た者が多数にあって、
それらも皆人生が楽しくばかり思われるふうであるのに、
主人の入道だけは泣いてばかりいた。
そして七月が八月になった。
色の身にしむ秋の空をながめて、
自分は今も昔も恋愛のために絶えない苦を負わされる、
思い死にもしなければならないようにと
源氏は思い悶《もだ》えていた。
🪻【源氏物語405 第13帖 明石67】明石の上との関係を秘密にしていたが、人々が分かった。以前 結婚を申し込んでいた良清は少し悔しかった。
〜女との関係を知っている者は、
「反感が起こるよ。例のお癖だね」
と言って、困ったことだと思っていた。
源氏が長い間この関係を秘密にしていて、
人目を紛らして通っていたことが
近ごろになって人々にわかったのであったから、
「女からいえば一生の物思いを背負い込んだようなものだ」
とも言ったりした。
少納言がよく話していた女であるとも その連中が言っていた時、
良清《よしきよ》は少しくやしかった。
🪻【源氏物語406 第13帖 明石68】源氏は初めて明石の上をはっきり見た。貴女らしく気高く端麗さが備わっていた。源氏は今日に迎えようと思う。
〜出発が明後日に近づいた夜、
いつもよりは早く山手の家へ源氏は出かけた。
まだはっきりとは今日までよく見なかった女は、
貴女《きじょ》らしい気高《けだか》い様子が見えて、
この身分にふさわしくない端麗さが備わっていた。
捨てて行きがたい気がして、
源氏はなんらかの形式で京へ迎えようという気になったのであった。
そんなふうに言って女を慰めていた。
女からもつくづくと源氏の見られるのも今夜がはじめてであった。
長い苦労のあとは源氏の顔に痩《や》せが見えるのであるが、
それがまた言いようもなく艶《えん》であった。
🪻【源氏物語407 第13帖 明石69】美しい源氏に明石の上は自身の価値の低さが思われて悲しい。塩を焼く煙、秋風の中できく淋しい波の音‥秋の風景は物悲しい。
〜あふれるような愛を持って、
涙ぐみながら将来の約束を女にする源氏を見ては、
これだけの幸福をうければもうこの上を願わないで
あきらめることもできるはずであると思われるのであるが、
女は源氏が美しければ美しいだけ
自身の価値の低さが思われて悲しいのであった。
秋風の中で聞く時にことに寂しい波の音がする。
塩を焼く煙がうっすり空の前に浮かんでいて、
感傷的にならざるをえない風景がそこにはあった。
🪻【源氏物語407 第13帖 明石69】美しい源氏に明石の上は自身の価値の低さが思われて悲しい。塩を焼く煙、秋風の中できく淋しい波の音‥秋の風景は物悲しい。
〜あふれるような愛を持って、
涙ぐみながら将来の約束を女にする源氏を見ては、
これだけの幸福をうければもうこの上を願わないで
あきらめることもできるはずであると思われるのであるが、
女は源氏が美しければ美しいだけ
自身の価値の低さが思われて悲しいのであった。
秋風の中で聞く時にことに寂しい波の音がする。
塩を焼く煙がうっすり空の前に浮かんでいて、
感傷的にならざるをえない風景がそこにはあった。
🪻【源氏物語408 第13帖 明石70】明石の上は可憐なふうに泣く。源氏は今日から持ってきた琴をとりに行かせて優れた難しい曲を弾いた。
このたびは 立ち別るとも 藻塩《もしほ》焼く
煙は同じ 方《かた》になびかん
と源氏が言うと、
かきつめて 海人《あま》の焼く藻《も》の 思ひにも
今はかひなき 恨みだにせじ
とだけ言って、
可憐《かれん》なふうに泣いていて 多くは言わないのであるが、
源氏に時々答える言葉には情のこまやかさが見えた。
源氏が始終聞きたく思っていた琴を
今日まで女の弾こうとしなかったことを言って源氏は恨んだ。
「ではあとであなたに思い出してもらうために
私も弾くことにしよう」
と源氏は、京から持って来た琴を浜の家へ取りにやって、
すぐれたむずかしい曲の一節を弾いた。
🪻【源氏物語409 第13帖 明石71】源氏の琴の音に感動した明石入道は、娘に促すように几帳の中に琴を差し入れた。明石の上はとめどもなく流れる涙に誘われたように琴を弾いた。
〜深夜の澄んだ気の中であったから、非常に美しく聞こえた。
入道は感動して、
娘へも促すように自身で十三絃の琴を
几帳《きちょう》の中へ差し入れた。
女もとめどなく流れる涙に誘われたように、低い音で弾き出した。
きわめて上手である。
入道の宮の十三絃の技は現今第一であると思うのは、
はなやかにきれいな音で、聞く者の心も朗らかになって、
弾き手の美しさも目に髣髴《ほうふつ》と描かれる点などが
非常な名手と思われる点である。
これはあくまでも澄み切った芸で、
真の音楽として批判すれば
一段上の技倆《ぎりょう》があるとも言えると、
こんなふうに源氏は思った。
🪻【源氏物語410 第13帖 明石72】明石の上の琴は素晴らしかった。なぜ今日までしいても弾かせなかったのか残念でならない。源氏は情熱を込めた言葉で将来を誓った。
〜源氏のような音楽の天才である人が、
はじめて味わう妙味であると思うような手もあった。
飽満するまでには聞かせずにやめてしまったのであるが、
源氏はなぜ今日までにしいても弾かせなかったかと残念でならない。
熱情をこめた言葉で源氏はいろいろに将来を誓った。
「この琴はまた二人で合わせて弾く日まで形見にあげておきましょう」
と源氏が琴のことを言うと、
女は、
なほざりに 頼めおくめる 一ことを
つきせぬ音《ね》にやかけてしのばん‥
🪻【源氏物語411 第13帖 明石73】出立の朝、時間と人目を盗んで源氏は文を送る。明石の上からの返事が来た。手紙を眺めている源氏は ほろほろと涙をこぼしていた。
言うともなくこう言うのを、源氏は恨んで、
逢《あ》ふまでの かたみに契る 中の緒《を》の
しらべはことに 変はらざらなん
と言ったが、
なおこの琴の調子が狂わない間に必ず逢おうとも言いなだめていた。
信頼はしていても目の前の別れがただただ女には悲しいのである。
もっともなことと言わねばならない。
もう出立の朝になって、
しかも迎えの人たちもおおぜい来ている騒ぎの中に、
時間と人目を盗んで源氏は女へ書き送った。
うち捨てて 立つも悲しき浦波の
名残《なごり》いかにと 思ひやるかな
返事、
年経つる 苫屋《とまや》も荒れて うき波の
帰る方にや 身をたぐへまし
これは実感そのまま書いただけの歌であるが、
手紙をながめている源氏はほろほろと涙をこぼしていた。
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