🪻【源氏物語368 第13帖 明石30】明石入道は住吉の神に春秋に参詣し昼夜仏前のお勤めをし 、自分の極楽往生を差し置いて 娘のよい結婚を祈っていると源氏に話す。
〜「申し上げにくいことではございますが、
あなた様が思いがけなくこの土地へ、
仮にもせよ移っておいでになることになりましたのは、
もしかいたしますと、
長年の間老いた法師がお祈りいたしております神や仏が
憐《あわれ》みを一家におかけくださいまして、
それでしばらくこの僻地《へきち》へ
あなた様がおいでになったのではないかと思われます。
その理由は住吉の神をお頼み申すことになりまして
十八年になるのでございます。
女の子の小さい時から私は特別なお願いを起こしまして、
毎年の春秋に子供を住吉へ参詣させることにいたしております。
また昼夜に六回の仏前のお勤めをいたしますのにも
自分の極楽往生はさしおいて
私はただこの子によい配偶者を与えたまえと祈っております。
🪻【源氏物語369 第13帖 明石31】大臣の子息の明石入道。地方で暮らす中、娘は希望であった。良い縁がなく親に死に別れたら海に身を投げよと遺言した。
〜 私自身は前生の因縁が悪くて、
こんな地方人に成り下がっておりましても、
親は大臣にもなった人でございます。
自分はこの地位に甘んじていましても
子はまたこれに準じたほどの者にしかなれませんでは、
孫、曾孫《そうそん》の末は
何になることであろうと悲しんでおりましたが、
この娘は小さい時から親に希望を持たせてくれました。
どうかして京の貴人に娶《めと》っていただきたいと思います心から、
私どもと同じ階級の者の間に反感を買い、
敵を作りましたし、
つらい目にもあわされましたが、
私はそんなことを何とも思っておりません。
命のある限りは微力でも親が保護をしよう、
結婚をさせないままで親が死ねば海へでも身を投げてしまえと
私は遺言がしてございます」
などと書き尽くせないほどのことを泣く泣く言うのであった。
源氏も涙ぐみながら聞いていた。
🪻【源氏物語370 第13帖 明石32】明石入道から一人娘の話をされた源氏は、深い因縁があるのではないかと言う。その言葉に明石入道は喜ぶ。
〜「冤罪《えんざい》のために、
思いも寄らぬ国へ漂泊《さまよ》って来ていますことを、
前生に犯したどんな罪によってであるかと
わからなく思っておりましたが、
今晩のお話で考え合わせますと、
深い因縁によってのことだったとはじめて気がつかれます。
なぜ明瞭にわかっておいでになったあなたが
早く言ってくださらなかったのでしょう。
京を出ました時から 私はもう無常の世が悲しくて、
信仰のこと以外には何も思わずに時を送っていましたが、
いつかそれが習慣になって、
若い男らしい望みも何もなくなっておりました。
今お話のようなお嬢さんのいられるということだけは聞いていましたが、
罪人にされている私を不吉にお思いになるだろうと思いまして
希望もかけなかったのですが、
それではお許しくださるのですね、
心細い独《ひと》り住みの心が慰められることでしょう」
などと源氏の言ってくれるのを入道は非常に喜んでいた。
🪻【源氏物語371 第13帖 明石33】明石入道は、源氏に娘についていろいろ話す。明石入道の愛嬌のある部分も見えた。
〜「ひとり寝は 君も知りぬや つれづれと 思ひあかしの うら寂しさを
私はまた長い間口へ出してお願いすることができませんで
悶々《もんもん》としておりました」
こう言うのに身は慄《ふる》わせているが、
さすがに上品なところはあった。
「寂しいと言ってもあなたはもう法師生活に慣れていらっしゃるのですから」
それから、
旅衣 うら悲しさに あかしかね 草の枕《まくら》は 夢も結ばず
戯談《じょうだん》まじりに言う、
源氏にはまた平生入道の知らない愛嬌《あいきょう》が見えた。
入道はなおいろいろと娘について言っていたが、
読者はうるさいであろうから省いておく。
まちがって書けばいっそう非常識な入道に見えるであろうから。
🪻【源氏物語372 第13帖 明石34】源氏は明石入道のいる山手の家に手紙を持たせてやることにした。優れた女がいるのかもしれないと心遣いをしながら手紙を書いた。
〜やっと思いがかなった気がして、
涼しい心に入道はなっていた。
その翌日の昼ごろに
源氏は山手の家へ手紙を持たせてやることにした。
ある見識をもつ娘らしい、
かえってこんなところに
意外なすぐれた女がいるのかもしれないからと思って、
心づかいをしながら手紙を書いた。
朝鮮紙の胡桃《くるみ》色のものへきれいな字で書いた。
遠近《をちこち》も しらぬ雲井に 眺《なが》めわび
かすめし宿の 梢《こずゑ》をぞとふ
思うには。
✴︎(思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 色に出《い》でじと 思ひしものを)
こんなものであったようである。
🪻【源氏物語 373 第13帖 明石35】明石入道の娘は、身分差を悲しみ 源氏に返事を書こうとしない。代わりに父親の入道が返事を書いた。
〜人知れずこの音信を待つために山手の家へ来ていた入道は、
予期どおりに送られた手紙の使いを大騒ぎしてもてなした。
娘は返事を容易に書かなかった。
娘の居間へはいって行って勧めても娘は父の言葉を聞き入れない。
返事を書くのを恥ずかしくきまり悪く思われるのといっしょに、
源氏の身分、自己の身分の比較される悲しみを心に持って、
気分が悪いと言って横になってしまった。
これ以上勧められなくなって入道は自身で返事を書いた。
🪻【源氏物語374 第13帖 明石36】父親の明石入道の代筆の返事が来た。返事を書かぬ娘に軽い反感が起こった。
〜もったいないお手紙を得ましたことで、
過分な幸福をどう処置してよいかわからぬふうでございます。
それをこんなふうに私は見るのでございます。
眺むらん 同じ雲井を 眺むるは 思ひも同じ 思ひなるらん
だろうと私には思われます。
柄にもない風流気を私の出しましたことをお許しください。
とあった。
檀紙に古風ではあるが書き方に一つの風格のある字で書かれてあった。
なるほど風流気を出したものであると源氏は入道を思い、
返事を書かぬ娘には軽い反感が起こった。
使いはたいした贈り物を得て来たのである。
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