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いにしえの都の高貴なネコ様のつぶやき🌸

我は、いにしえの都の高貴なネコ様🐱マロン🍀 下僕1号👩 下僕2号👨‍💼と ゆるりと暮らしておる。そんな我のつぶやきである🐱💖 

【10分で聴く源氏物語 第9帖 葵7〈あおい〉】葵の上が亡くなり悲しみに暮れる左大臣家。源氏も妻の死を嘆く。源氏は何もかも厭わしくなって出家を思うが紫の君の寂しがっている面影が目にうかぶ‥by🐱

🪷葵上は冷たくなってしまった【源氏物語158 第九帖 葵31】あらゆる蘇生法を試すものの 葵上は亡骸であることを証明するだけであった。

これまで物怪《もののけ》のために

一時的な仮死状態になったことも

たびたびあったのを思って、

死者として枕を直すこともなく、

二、三日はなお病夫人として寝させて、

蘇生《そせい》を待っていたが、

時間はすでに亡骸《なきがら》であることを証明するばかりであった。

もう死を否定してみる理由は何一つないことをだれも認めたのである。

源氏は妻の死を悲しむとともに、

人生の厭《いと》わしさが深く思われて、

所々から寄せてくる弔問の言葉も、

どれもうれしく思われなかった。

院もお悲しみになってお使いをくだされた。

大臣は娘の死後の光栄に感激する涙も流しているのである。

 

人の忠告に従い蘇生の術として、

それは遺骸《いがい》に対して

傷《いた》ましい残酷な方法で行なわれることまでも大臣はさせて、

娘の息の出てくることを待っていたが皆だめであった。

もう幾日かになるのである。

いよいよ夫人を鳥辺野《とりべの》の火葬場へ送ることになった。

こうしてまた人々は悲しんだのである。

左大臣の愛嬢として、

源氏の夫人として葬送の式に列《つらな》る人、

念仏のために集められた寺々の僧、

そんな人たちで鳥辺野がうずめられた。

院はもとよりのこと、 お后方、東宮から賜わった御使いが

次々に葬場へ参着して弔詞を読んだ。

悲しみにくれた大臣は立ち上がる力も失っていた。

 

🪷【源氏物語159 第九帖 葵32】妻、葵の上に十分な愛を示さなかったことを後悔する源氏

「こんな老人になってから、

 若盛りの娘に死なれて無力に私は泣いているじゃないか」

恥じてこう言って泣く大臣を悲しんで見ぬ人もなかった。

夜通しかかったほどの大がかりな儀式であったが、

終局は煙にすべく

遺骸を広い野に置いて来るだけの寂しいことになって

皆 早暁に帰って行った。

 

死はそうしたものであるが、

前《さき》に一人の愛人を死なせただけの経験よりない源氏は

今また非常な哀感を得たのである。

八月の二十日過ぎの有明月《ありあけづき》のあるころで、

空の色も身にしむのである。

亡き子を思って泣く大臣の悲歎に

同情しながらも見るに忍びなくて、

源氏は車中から空ばかりを見ることになった。

昇《のぼ》りぬる 煙はそれと分《わ》かねども

なべて雲井の 哀れなるかな

源氏はこう思ったのである。

 

家へ帰っても少しも眠れない。

故人と二人の長い間の夫婦生活を思い出して、

なぜ自分は妻に十分の愛を示さなかったのであろう、

信頼していてさえもらえば、

異性に対する自分の愛は 妻に帰るよりほかはないのだと

暢気《のんき》に思って、

一時的な衝動を受けては恨めしく思わせるような罪を

なぜ自分は作ったのであろう。

そんなことで妻は生涯 心から打ち解けてくれなかったのだなどと、

源氏は悔やむのであるが今はもう何のかいのある時でもなかった。

 

🪷【源氏物語160 第九帖 葵33】もし自分が先に死んでいたら妻はこれより濃い喪服を着てなげいるだろうと思っても、悲しみが湧き上がってくる。

淡鈍《うすにび》色の喪服を着るのも夢のような気がした。

もし自分が先に死んでいたら、

妻はこれよりも濃い色の喪服を着て

歎いているであろうと思っても

また源氏の悲しみは湧き上がってくるのであった。

限りあれば うす墨衣浅けれど

涙ぞ袖を 淵《ふち》となしける  

と歌ったあとでは

念誦《ねんず》をしている源氏の様子は

限りもなく艶《えん》であった。

 

経を小声で読んで「法界|三昧《ざんまい》普賢大士」と言っている源氏は、

仏勤めをし馴《な》れた僧よりもかえって尊く思われた。

若君を見ても

「結び置く かたみの子だに なかりせば

 何に忍ぶの 草を摘ままし」

こんな古歌が思われていっそう悲しくなったが、

この形見だけでも残して行ってくれたことに

慰んでいなければならないとも源氏は思った。

 

左大臣の夫人の宮様は、

悲しみに沈んでお寝《やす》みになったきりである。

お命も危く見えることにまた家の人々は

あわてて祈祷《きとう》などをさせていた。

寂しい日がずんずん立っていって、

もう四十九日の法会《ほうえ》の仕度《したく》をするにも、

宮はまったく予期あそばさないことであったからお悲しかった。

 

🪷【源氏物語161 第九帖 葵34】源氏は悲嘆に暮れる。母の宮様は悲しみのために寝付いてしまう。

欠点の多い娘でも死んだあとでの親の悲しみは

どれほど深いものかしれない、

まして母君のお失いになったのは、

貴女《きじょ》として

完全に近いほどの姫君なのであるから、

このお歎きは至極道理なことと申さねばならない。

 

ただ姫君が一人であるということも

寂しくお思いになった宮であったから、

その唯一の姫君をお失いになったお心は、

袖の上に置いた玉の砕けたよりももっと 惜しく残念なこと

でおありになったに違いない。

源氏は二条の院へさえもまったく行かないのである。

 

専念に仏勤めをして暮らしているのであった。

恋人たちの所へ手紙だけは送っていた。

六条の御息所《みやすどころ》は

左衛門《さえもん》の庁舎へ斎宮がおはいりになったので、

いっそう厳重になった潔斎的な生活に

喪中の人の交渉を遠慮する意味に託《たく》して

その人へだけは消息もしないのである。

 

早くから悲観的に見ていた人生が

いっそうこのごろいとわしくなって、

将来のことまでも考えてやらねばならぬ幾人かの情人たち、

そんなものがなければ僧になってしまうがと思う時に、

源氏の目に真先《まっさき》に見えるものは

西の対の姫君の寂しがっている面影であった。

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