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いにしえの都の高貴なネコ様のつぶやき🌸

我は、いにしえの都の高貴なネコ様🐱マロン🍀 下僕1号👩 下僕2号👨‍💼と ゆるりと暮らしておる。そんな我のつぶやきである🐱💖 

【10分で聴く源氏物語 第17帖 絵合2〈えあわせ〉】帝は何よりも絵に興味を持っておいでになり、斎宮の女御は絵をよく描くので 帝はそれがお気に入ってご寵愛も盛んになった。by 🐱

🌼【源氏物語553 第17帖 絵合 6】華やかな女御としての前斎宮。御息所が生きておられたなら どれほど喜ぶであろう。あれほどの人を失ったことは この世の損失とさえ思った。

〜養父として一切を源氏が世話していることにしては

院へ済まないという遠慮から、

単に好意のある態度を取っているというふうを示していた。

もとからよい女房の多い宮であったから、

実家に引いていがちだった人たちも皆出て来て、

すでにはなやかな女御の形態が調ったように見えた。

御息所《みやすどころ》が生きていたならば、

どんなにこうしたことをよろこぶことであろう、

聡明な後見役として

女御の母であるのに最も適した性格であったと

源氏は故人が思い出されて、

恋人としてばかりでなく、

あの人を失ったことはこの世の損失であるとも源氏は思った。

洗練された高い趣味の人といっても、

あれほどにすぐれた人は見いだせないのであると、

源氏は物のおりごとに御息所を思った。

 

🌼【源氏物語554 第17帖 絵合7】斎宮の女御は 鷹揚でおとなしい 小柄で若々しいお方であった。帝は 弘徽殿の女御と斎宮の女御を半々に召される。

〜このごろは女院も御所に来ておいでになった。

帝は新しい女御の参ることをお聞きになって、

少年らしく興奮しておいでになった。

御年齢よりはずっと大人びた方なのである。

女院も、

「りっぱな方が女御に上がって来られるのですから、

 お気をおつけになってお逢いなさい」

と御注意をあそばした。

帝は人知れず大人の女御は恥ずかしいであろうと思召されたが、

深更になってから上の御局《みつぼね》へ上がって来た女御は、

おとなしいおおような、

そして小柄な若々しい人であったから自然に愛をお感じになった。

弘徽殿《こきでん》の女御は早くからおそばに上がっていたから

その人を睦《むつ》まじい者に思召され、

この新女御《しんにょご》は品よく柔らかい魅力があるとともに、

源氏が大きな背景を作って、

きわめて大事に取り扱う点で侮りがたい人に思召されて

宿直《とのい》に召される数は正しく半々になっていたが、

少年らしくお遊びになる相手には弘徽殿がよくて、

昼などおいでになることは弘徽殿のほうが多かった。

中納言は后《きさき》にも立てたい心で後宮に入れた娘に、

競争者のできたことで不安を感じていた。

 

🌼【源氏物語555 第17帖 絵合8】院は櫛の箱の返歌をご覧になってから いっそう恋しく思われた。前斎宮の話題が出た折、院の御表情に失恋の深い御苦痛が現われてきたのをお気の毒に思った。

〜院は櫛《くし》の箱の返歌を御覧になってから

いっそう恋しく思召された。

ちょうどそのころに源氏は院へ伺候した。

親しくお話を申し上げているうちに、

斎宮が下向されたことから、

院の御代《みよ》の斎宮の出発の儀式にお話が行った。

院も回想していろいろとお語りになったが、

ぜひその人を得たく思っていたとは

お言いにならないのである。

源氏はその問題を全然知らぬ顔もしながら、

どう思召していられるかが知りたくて、

話をその方向へ向けた時、

院の御表情に失恋の深い御苦痛が現われてきたのを

お気の毒に思った。

美しい人としてそれほど院が忘れがたく思召す前斎宮は、

どんな美貌《びぼう》をお持ちになるのであろうと源氏は思って、

おりがあればお顔を見たいと思っているが、

その機会の与えられないことを口惜《くちお》しがっていた。

貴女らしい奥深さをあくまで持っていて、

うかとして人に見られる隙《すき》のあるような人でない

斎宮の女御を源氏は一面では

敬意の払われる養女であると思って満足しているのであった。

 

🌼【源氏物語556 第17帖 絵合9】帝は何よりも絵に興味を持っておいでになり、斎宮の女御は絵をよく描くので 帝はそれがお気に入ってご寵愛も盛んになった。

〜こんなふうに隙間《すきま》もないふうに

二人の女御が侍しているのであったから、

兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は女王の後宮入りを

実現させにくくて煩悶《はんもん》をしておいでになったが、

帝が青年におなりになったなら、

外戚の自分の娘を疎外あそばすことはなかろうと

なお希望をつないでおいでになった。

宮廷の二人の女御ははなやかに挑《いど》み合った。

 

帝は何よりも絵に興味を持っておいでになった。

特別にお好きなせいかお描きになることもお上手であった。

斎宮の女御は絵をよく描くのでそれがお気に入って、

女御の御殿へおいでになっては

ごいっしょに絵をお描きになることを楽しみにあそばした。

殿上の若い役人の中でも絵の描ける者を

特にお愛しになる帝であったから、

まして美しい人が、

雅味《がみ》のある絵を上手に墨で描いて、

からだを横たえながら、

次の筆の下《お》ろしようを考えたりしている可憐さが

御心《みこころ》に沁《し》んで、

しばしばこちらへおいでになるようになり、

御寵愛《ちょうあい》が見る見る盛んになった。

中納言がそれを聞くと、

どこまでも負けぎらいな性質から

有名な画家の幾人を家にかかえて、

よい絵をよい紙に、

描かせることをひそかにさせていた。

 

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