🌕【源氏物語207 第十帖 賢木19】右大臣家の六の君は後宮に入る。いまだに源氏を想い、源氏は、忍んで手紙を送ってくることも絶えなかった。
〜右大臣家の六の君は
二月に尚侍《ないしのかみ》になった。
院の崩御によって
前《さきの》尚侍が尼になったからである。
大臣家が全力をあげて後援していることであったし、
自身に備わった美貌《びぼう》も美質もあって、
後宮の中に抜け出た存在を示していた。
皇太后は実家においでになることが多くて、
稀《まれ》に参内になる時は
梅壺《うめつぼ》の御殿を宿所に決めておいでになった。
それで弘徽殿《こきでん》が
尚侍の曹司《ぞうし》になっていた。
隣の登花殿などは長く捨てられたままの形であったが、
二つが続けて使用されて今ははなやかな場所になった。
女房なども無数に侍していて、
派手な後宮《こうきゅう》生活をしながらも、
尚侍の人知れぬ心は源氏をばかり思っていた。
源氏が忍んで手紙を送って来ることも
以前どおり絶えなかった。
人目につくことがあったらと恐れながら、
例の癖で、六の君が後宮へはいった時から
源氏の情炎がさらに盛んになった。
🌕【源氏物語208 第十帖 賢木20】弘徽殿の大后の力が増し、源氏も左大臣も不快さを味わうことが多くなった。源氏は夕霧を可愛がる。
〜院がおいでになったころは御遠慮があったであろうが、
積年の怨みを源氏に酬《むく》いるのはこれからであると
烈《はげ》しい気質の太后は思っておいでになった。
源氏に対して何かの場合に意を得ないことを政府がする、
それが次第に多くなっていくのを見て、
源氏は予期していたことではあっても、
過去に経験しなかった不快さを 始終味わうのに堪えがたくなって、
人との交際もあまりしないのであった。
左大臣も不愉快であまり御所へも出なかった。
亡くなった令嬢へ東宮のお話があったにもかかわらず
源氏の妻にさせたことで太后は含んでおいでになった。
右大臣との仲は初めからよくなかった上に、
左大臣は前代にいくぶん専横的にも
政治を切り盛りしたのであったから、
当帝の外戚として右大臣が得意になっているのに対しては
喜ばないのは道理である。
源氏は昔の日に変わらずよく左大臣家を訪ねて行き
故夫人の女房たちを愛護してやることを忘れなかった。
非常に若君を源氏の愛することにも
大臣家の人たちは感激していて、
そのためにまたいっそう小公子は大切がられた
🌕【源氏物語209 第十帖 賢木21】源氏は紫の上と穏やかに暮らしている。父の兵部卿の宮も二条の院に出入りしておいでになる。
このごろは通っていた恋人たちとも双方の事情から
関係が絶えてしまったのも多かったし、
それ以下の軽い関係の恋人たちの家を訪ねて行くようなことにも、
もうきまりの悪さを感じる源氏であったから、
余裕ができてはじめてのどかな家庭の主人《あるじ》になっていた。
兵部卿《ひょうぶきょう》の宮の王女の
幸福であることを言ってだれも祝った。
少納言なども心のうちでは、
この結果を得たのは祖母の尼君が姫君のことを祈った熱誠が
仏に通じたのであろうと思っていた。
父の親王も朗らかに二条の院に出入りしておいでになった。
夫人から生まれて大事がっておいでになる王女方に
たいした幸運もなくて、
ただ一人がすぐれた運命を負った女と見える点で、
継母にあたる夫人は嫉妬を感じていた。
紫夫人は
小説にある継娘《ままこ》の幸運のようなものを 実際に得ていたのである。
🌕【源氏物語210 第十帖 賢木22】加茂の斎院は、式部卿の宮の朝顔の姫君に決まった。朝顔の宮に恋をしていた源氏は残念に思った。
加茂の斎院は父帝の喪のために引退されたのであって、
そのかわりに式部卿《しきぶきょう》の宮の朝顔の姫君が
職をお継ぎになることになった。
伊勢へ女王が斎宮になって行かれたことはあっても、
加茂の斎院はたいてい内親王の方がお勤めになるものであったが、
相当した女御腹《にょごばら》の宮様がおいでにならなかったか、
この卜定《ぼくじょう》があったのである。
源氏は今もこの女王に恋を持っているのであるが、
結婚も不可能な神聖な職にお決まりになった事を残念に思った。
女房の中将は今もよく源氏の用を勤めたから、
手紙などは始終やっているのである。
当代における自身の不遇などは何とも思わずに、
源氏は恋を歎《なげ》いていた、
斎院と尚侍《ないしのかみ》のために。
帝は院の御遺言のとおりに源氏を愛しておいでになったが、
お若い上に、きわめてお気の弱い方でいらせられて、
母后や祖父の大臣の意志によって行なわれることを
どうあそばすこともおできにならなくて、
朝政に御不満足が多かったのである。
昔よりもいっそう恋の自由のない境遇にいても
尚侍は文によって絶えず恋をささやく源氏を持っていて
幸福感がないでもなかった。
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