🌿【源氏物語512 第15帖 蓬生12】叔母は貴族の出ながら下の階級に入ったため、蔑まれた腹いせに末摘花の姫君を娘達の女房としたいと思っていた。
〜初めから地方官級の家に生まれた人は、
貴族をまねて、
思想的にも思い上がった人になっている者も多いのに、
この夫人は貴族の出でありながら、
下の階級へはいって行く運命を生まれながらに持っていたものか、
卑しい性格の叔母君であった。
自身が、家門の顔汚しのように思われていた昔の腹いせに、
常陸《ひたち》の宮の女王を自身の娘たちの女房にしてやりたい、
昔風なところはあるが
気だてのよい後見役ができるであろうとこんなことを思って、
時々私の宅へもおいでくだすったらいかがですか。
あなたのお琴の音《ね》も伺いたがる娘たちもおります。
と言って来た。
これを実現させようと叔母は侍従にも促すのであるが、
末摘花は負けじ魂からではなく、
ただ恥ずかしくきまりが悪いために、
叔母の招待に応じようとしないのを、
叔母のほうではくやしく思っていた。
🌿【源氏物語第513 第15帖 澪標13】末摘花の叔母の夫が九州の大弐に任命された。任地に旅立つ時、叔母は末摘花を伴って行きたがった。
〜そのうちに叔母の夫が九州の大弐《だいに》に任命された。
娘たちをそれぞれ結婚させておいて、
夫婦で任地へ立とうとする時にもまだ叔母は女王を伴って行きたがって、
「遠方へ行くことになりますと、
あなたが心細い暮らしをしておいでになるのを
捨てておくことが気になってなりません。
ただ今までもお構いはしませんでしたが、
近い所にいるうちはいつでもお力になれる自信がありましたので」
と体裁よく言《こと》づてて誘いかけるのも、
女王が聞き入れないから、
「まあ憎らしい。いばっていらっしゃる。
自分だけはえらいつもりでも、
あの藪《やぶ》の中の人を大将さんだって
奥様らしくは扱ってくださらないだろう」
と言ってののしった。
🌿【源氏物語514 第15帖 蓬生14】源氏は帰京して 忠実な人たちに報いたが、末摘花だけは思い出されることがなく、彼女は苦しく切なく一人で泣いてばかりいた。
〜そのうちに源氏 宥免《ゆうめん》の宣旨が下り、
帰京の段になると、
忠実に待っていた志操の堅さを
だれよりも先に認められようとする男女に、
それぞれ有形無形の代償を喜んで源氏の払った時期にも、
末摘花だけは思い出されることもなくて幾月かがそのうちたった。
もう何の望みもかけられない。
長い間不幸な境遇に落ちていた源氏のために、
その勢力が宮廷に復活する日があるようにと
念じ暮らしたものであるのに、
賤《いや》しい階級の人でさえも
源氏の再び得た輝かしい地位を喜んでいる時にも、
ただよそのこととして
聞いていねばならぬ自分でなければならなかったか、
源氏が京から追われた時には
自分一人の不幸のように悲しんだが、
この世はこんな不公平なものであるのかと思って
末摘花は恨めしく苦しく切なく一人で泣いてばかりいた。
🌿【源氏物語515 第15帖 蓬生15】大弐の夫人は末摘花を思い上がっているとみている。侍従も大弐の甥との結婚で、自分の意思でなく九州行きに同行することになっていた。
〜大弐の夫人は、私の言ったとおりじゃないか。
どうしてあんな見る影もない人を
源氏の君が奥様の一人だとお思いになるものかね、
仏様だって罪の軽い者ほどよく導いてくださるのだ。
手もつけられないほどの貧乏女でいて、
いばっていて、
宮様や奥さんのいらっしゃった時と同じように
思い上がっているのだから始末が悪いなどと思って
いっそう軽蔑《けいべつ》的に末摘花を見た。
「ぜひ決心をして九州へおいでなさい。
世の中が悲しくなる時には、
人は進んでも旅へ出るではありませんか。
田舎とはいやな所のようにお思いになるかしりませんが、
私は受け合ってあなたを楽しくさせます」
口前よく熱心に同行を促すと、
貧乏に飽いた女房などは、
「そうなればいいのに、何のたのむ所もない方が、
どうしてまた意地をお張りになるのだろう」
と言って、末摘花を批難した。
侍従も大弐の甥《おい》のような男の愛人になっていて、
京へ残ることもできない立場から、
その意志でもなく女王のもとを去って九州行きをすることになっていた。
🌿【源氏物語516 第15帖 蓬生16】叔母の大弐の夫人は、なお誘うのであるが、末摘花は一途に源氏を信じている。ただひたすら忍耐し待ち続けているのである。
〜「京へお置きして参ることは気がかりでなりませんからいらっしゃいませ」
と誘うのであるが、
女王の心は
なお忘れられた形になっている源氏を頼みにしていた。
どんなに時がたっても
自分の思い出される機会のないわけはない、
あれほど堅い誓いを自分にしてくれた人の心は
変わっていないはずであるが、
自分の運の悪いために捨てられたとも
人からは見られるようなことになっているのであろう、
風の便《たよ》りででも自分の哀れな生活が
源氏の耳にはいればきっと救ってくれるに違いないと、
これはずっと以前から女王の信じているところであって、
邸《やしき》も家も昔に倍した荒廃のしかたではあるが、
部屋の中の道具類をそこばくの金に変えていくようなことは、
源氏の来た時に不都合であるからと忍耐を続けているのである。
気をめいらせて泣いている時のほうが多い末摘花の顔は、
一つの木の実だけを
大事に顔に当てて持っている仙人とも言ってよい奇怪な物に見えて、
異性の興味を惹《ひ》く価値などはない。
気の毒であるからくわしい描写はしないことにする。
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